あとから御朱印帳

御朱印を写真に撮るとき、どこまでがよいのか

文: 友田 陽大(あとから御朱印帳 開発者)

全国共通の決まりはなく、境内での撮影の可否は寺社ごとの判断に委ねられています。掲示と授与所の案内が最優先です。そのうえで広く共有されている心得は、参拝を先に済ませること、書いていただいている間は静かに待つこと、書き手や授与所を無断で撮らないことの3つです。自分がいただいた御朱印を自分の手元で撮ることと、境内で人や場所を撮ることは、別のこととして分けて考えてください。

この記事の要点

  • 境内での撮影の可否は寺社ごとの判断です。掲示と授与所の案内が最優先されます
  • 広く共有されている心得は「参拝が先」「書いていただく間は静かに待つ」「人と授与所を無断で撮らない」
  • 自分の手元で自分の御朱印を撮ることと、境内で撮ることは別の話です
  • SNSに載せるかどうかも、いただいた寺社の意向を確認してからにします
  • あとからまとめて記録することは、参拝そのものの代わりにはなりません

この記事は、御朱印を写真に撮ること、その写真を人に見せることについてだけ書きます。特定の寺社で撮影ができるかどうかは扱いません。それは各寺社が決めることで、外から一覧にできる性質のものではないからです。

御朱印は写真に撮ってもいいのですか?

全国共通の決まりはありません。 御朱印の授与は各寺社がそれぞれの考えのもとで行っているもので、撮影についても同じです。掲示と授与所の案内が最優先で、それに勝る一般則はありません。

そのうえで、ここでは2つの層に分けて書きます。どの寺社でも共通して言える心得と、寺社ごとの判断に委ねられていることです。この2つを混ぜて「御朱印のマナー」として並べている記事を見かけますが、性質がまったく違います。

どの寺社でも共通して言える心得

以下は特定の寺社の規則ではなく、参拝という行為の性質から自然に導かれることです。

参拝を先に済ませる。 御朱印は参拝の証としていただくものです。順序としては、参拝してから授与所へ向かいます。ただし混雑する時期には、先に御朱印帳を預けて参拝し、戻ってから受け取る形を案内している寺社もあります。その場合は案内に従ってください。

書いていただいている間は静かに待つ。 墨書は一度書き始めると途中で止められません。声をかける、手元を覗き込む、急かすといったことは、書く作業そのものの妨げになります。

書き手と授与所を無断で撮らない。 これは御朱印の話というより、人を撮ることの話です。書いている方も授与所にいる方も、撮られるためにそこにいるのではありません。撮りたい場合は必ず先にお尋ねください。

掲示と案内に従う。 境内に撮影に関する掲示がある場合、それがその寺社の判断です。書かれていることが一般則と違っていても、その場所ではその掲示が正しいものです。

寺社ごとの判断に委ねられていること

一方、次のことは寺社によって異なります。一律の答えを書ける事柄ではありません。

  • 境内での写真撮影の可否と、撮影してよい範囲
  • 授与所や社務所の周辺での撮影
  • 授与された御朱印をSNSなどに掲載すること
  • 三脚や自撮り棒の使用

このうちSNSへの掲載については、控えるよう案内している寺社があります。理由はさまざまで、御朱印の意匠が模倣されることへの懸念、参拝せずに画像だけを求める人が増えることへの懸念などが挙げられます。掲示や公式の案内を確認し、記載がなく判断がつかない場合は、載せない側に倒すのが確実です。

自分の手元で撮ることと、境内で撮ることは別の話

ここは分けて考えてください。この記事を書いている理由でもあります。

いただいた御朱印を、帰宅してから自分の机の上で撮る——これは境内での撮影とは別のことです。人も場所も写りません。記録として手元に残すための行為で、一般に問題とされることはあまりありません。

授与所で、書いていただいている最中に撮る——これは境内での撮影であり、人物の撮影でもあります。上に書いたとおり、無断で行うべきではありません。

あとから写真をもとに記録を作る場合、必要になるのは前者だけです。参拝の場でカメラを構える必要はありません。むしろ、その場では御朱印をいただくことに集中して、撮影は落ち着いてからにするほうが、結果として写真も記録もきれいに残ります。

人に見せるときの言い方

掲載してよいと確認できた場合でも、書き方には気をつけたいところがあります。

いただいた数を競う書き方をしない。 何体集めた、どこを制覇した、という形で語ると、御朱印そのものの意味から離れていきます。御朱印は参拝の証であって、点数ではありません。

いただいた寺社への敬意が伝わる書き方をする。 意匠の感想を述べること自体は自然なことですが、優劣をつけて並べる書き方は、書いてくださった方に向けるものとしてふさわしくありません。

あとからまとめて記録することは、参拝の代わりではない

最後に、この点をはっきり書いておきます。

写真から記録を作る、参拝日をあとから確定する、といった作業は、すでに済ませた参拝を後から辿れるようにするためのものです。参拝せずに御朱印だけを得ることを助けるものではありませんし、そういう使い方を想定してもいません。

記録が残っていれば、いつどこへ伺ったかを思い出せます。再訪したときに、前回いただいたものと重ねて見ることもできます。整理の目的はそこにあります。手順は「スマホに溜まった御朱印の写真を、あとから整理して記録する手順」にまとめました。

記録が追いつかず溜めてしまった場合の立て直し方は「御朱印の記録が続かず溜めてしまった、を立て直す」に、貼らないままの書き置きの扱いは「貼らないままの書き置き御朱印が束になっている人へ」に書いています。

よくある質問

御朱印は写真に撮ってもいいのですか?
いただいたご自身の御朱印を、ご自身の手元で撮ることについて、一般に問題とされることはあまりありません。一方、境内や授与所での撮影は寺社ごとに判断が異なります。掲示や案内を確認し、分からなければ授与所でお尋ねください。
御朱印を書いていただいている様子を撮ってもいいですか?
書き手を無断で撮ることは避けてください。人物の撮影にあたりますし、書いている最中に声をかけたり近づいたりすることは、書く作業そのものの妨げになります。
SNSに載せてもいいですか?
寺社によっては掲載を控えるよう案内している場合があります。掲示や公式の案内を確認し、記載がなく判断がつかない場合は、載せない側に倒すのが確実です。
写真に撮って記録すれば、御朱印帳はいらなくなりますか?
いいえ。写真は手元の記録を探すための索引であって、いただいた御朱印そのものの代わりにはなりません。紙の御朱印帳は御朱印帳として残るものです。
参拝より先に御朱印をいただいてもいいですか?
御朱印は参拝の証としていただくものなので、先に参拝を済ませるのが一般的な順序です。ただし混雑時に授与所で先に御朱印帳を預け、参拝後に受け取る形を案内している寺社もあります。その場合は案内に従ってください。